マー君の食べ歩き(3)−冬の味覚―

時節柄冬の味覚を代表するフグ・カニ・カキについて思い出や感じるところを記してみたい。今はそれぞれ1回は腹一杯食べないと春は迎えられないと意気込んでいるが、子供のころや学生時代に食べた記憶がない。家庭の食卓に出てくる様な手近な食材ではなく、ましてや貧乏大学生が手を出すような代物ではなかったと思われる。食べたのはサラリーマンになって数年してからである。とはいっても当時は現在とは違って比較的安価で、好きな者にとってはありがたい時代であった。

1.フグ

昭和56年頃、私の勤務していた部員100名位の職場で、私は課長職であったが、部員の交流を図るため、各自の自己紹介をする小冊子が作られた。趣味とかいろんな項目がある中に、好きな食べ物はという項目があった。当時41才の私はためらうことなく「フグ」と「ビーフステーキ」と書いた。今から思うと自分で言うのは変だが、最も仕事に脂がのっていて事実かなり重要な仕事を死に物狂いでやっていた時期である。何故かあっさりとした「てっさ」と「てっちり」、脂っこい「サーロインステーキ」をともに好物としていたのである。ポケットマネーをはたいて食べに行くのが楽しみであった。

フグとの出会いは会社に入って何年か経った頃先輩に無理やり連れて行かれた。当時はフグ中毒で死亡した記事が時々載っていたので不安ではあったが、食べてみて初めて危険を冒しても食べたい気持ちがよく理解できた。それほど美味しいものであると。私はまずてっさでビールを飲んでしばらくしてからてっちりを食べてヒレ酒を飲む。これだけで十分である。できれば白子を焼くか鍋で食べたいが結構高いので省略することが多い。締めは雑炊で満腹になる。翌朝目が覚めて生きていることが確認できたら最高に幸せ、といっても危険であるとは全く考えてもいない。最近は価格が上がり食べる回数は減少しているが、一度だけと言いながら結局何回か食べてしまう。今は冷凍技術が発達して年中食べられるようになった。養殖もされているし、輸入も多い。でも一押しは何といっても国産の天然とらフグに尽きるのではないか。

最近の良い思い出は、今年の正月は元日から23日を小浜の民宿で過ごしたのであるが、2日目の夕食がフグであった。分厚い多量のてっさとアラが美味しいてっさに堪能した。はからずも地元自慢の若狭フグに遭遇し大いに満足したのであった。残念な思い出は一昨年の8月、下関の有名店で食べたフグ。昨年石川遼君が2位に入ったジャパンオープンの会場になった福岡の古賀ゴルフ倶楽部(私の所属する鳴尾の友好倶楽部)に行くことになった機会に、門司・下関を見物してフグとクジラを食べてやろうと計画した。事前に夏でもフグが食べられることをわざわざ確認して行ったのだが、美味しさという点ではさっぱりだった。平成3年頃出張で出掛けた博多や山口県下松で食べて感動したフグとの落差は大きい。その出張は冬であったか記憶は定かでないが、多分冬のフグを食べたのであろう。このフグの本場の体験から今の私の結論は、「夏のフグは敬遠する」となってしまった。

フグは関西で沢山食べられていて、フグの専門店は大阪では南に集中しているように思われる。道頓堀・千日前・黒門辺りに、「浜藤」「太政」「づぼらや」「南進」「浅草」などなど沢山のフグ店が、それこそ軒を連ねている感じである。その中の一押しで私が食べるならここと決めている店は「与太呂」。鯛めしの与太呂とは全く関係のない別の店。道頓堀の御堂筋西側に東店と西店があり、クレジットカードの使える西店を愛用している。新鮮なとらふぐのてっさとてっちりが雑炊が要らないくらいボリュームがあって美味しい、もちろんヒレ酒も最高だ。次に薦めるのはJR鶴橋駅東側にある「ふぐ久」、リーズナブルで庶民的なふぐの専門店。近場なので手軽に行ける。

2.カニ

カニも冬の味覚の王者。冬が近づくと越前から若狭・丹後・鳥取方面へのカニを目指したバスツアーの宣伝が始まる。旅館・民宿も新聞などに手広くPRしている。JR西日本が「かにカニ日帰りエクスプレス」をやりだして一層激しくなったように見える。かくして毎日多くのカニ喰い部隊が日本海方面各地へ進撃する。私が初めてカニを食べるために1泊旅行したのは平成122月、天橋立の有名ホテルであった。しかしここでは残念ながら満足できるカニには巡り合えなかった。その67年ほど前に敦賀から車で越前海岸のとある漁師宅へ行って松葉ガニと背子ガニを食べたことがあって、現地のカニの味を知っているから尚更そう感じたと思う。ただこの時参拝した成相寺が西国28番の札所であり、西国三十三霊場参拝の第1歩となった記念すべき旅行であった。今年3月に最後の33番札所岐阜の華厳寺で満願に到達する予定であり、いずれ報告出来ると思う。この時以降毎年1~2回はバスや電車の日帰りツアーに参加したり、民宿へ1泊で行ったりしている。1万円前後から1万5千円位で安くて手軽で楽ちんツアーが出来る。カニそのものは越前も丹後も鳥取もほとんど変わらないように思う。名のある旅館で昼食にカニ尽くしの料理を食べて温泉に入るというコースはまず満足出来る。但し価格がかなり安くて現地のレストランでカニ食べ放題というのは少し覚悟しておいた方がよい。沢山食べられるが、どうもいまいちである。解凍が上手く出来ていないこともあり、ロシアかどこかからの輸入物ではないかと疑っている。

ところでツアーに行くという良さ例えば、それなりの時間をゆっくり過ごす、日本海沿岸の風物にふれたり現地の人と交流する、土産物をどっさり買い込むといったそれなりの良さを省いてしまえば、大阪のカニ専門店で1万円までで十分満足できるカニが食べられる。メニューは豊富であるが、カニすきだけで済ましてしまえばビールや酒をしっかり飲んでも1万円でおつりがくる。しかも年中食べられ、少し高めを注文すれば美味しいカニにありつける。普段はこれで十分である。お薦めは皆さんご存じの「かに道楽」。あちこちに支店があるが、道頓堀には本店・中店・東店の3店があり、北にも北新地と曽根崎警察署の東にある。十三にも。そして同じ系列の「網元」、宗右衛門町か三つ寺筋を御堂筋を西側に渡って少し歩くと本館と別館の2店がある。個室も沢山ありカニも少し高級な印象でこちらがゆったり出来る。当店のHPでは「網元はかに道楽の奥座敷」と表現されている。

ところで丹後半島の間人(たいざ)ガニは夙に有名で、ツアーでも3万5千円から4万円出さないと食べられない。従って私はまだ食べていない。間人港に水揚げされたカニだけが特別に高級で美味しいとは思われない。魚場は同じだろう。現に昨年秋訪れた舞鶴では、パンフレットを作ってPRしていた。同じ魚場でとれて舞鶴で水揚げした舞鶴ガニは間人と変わらない同じものであるとの宣伝である。しかしこれはもう確立されたいわゆる間人というブランドの力が他の地域のカニを圧倒しているのであり、勝負は終わっている。私達もこうしたいろんなブランド商品に一喜一憂している経験があるのではないか。値打はどこにあるかよく考えるべきである。

最後にボストンで食べたタラバガニの思い出を。私は晩年の7年間はITを事業とする会社に勤務した。その間1回2〜3週間であるが5回アメリカに出張したことがある。シリコンバレーに会社のオフィスがあり、取引先企業や提携している企業もあって、打合せ・PR・情報収集といった目的で、シリコンバレーを拠点にしてシアトル・ニューヨーク・ボストン・アトランタ・ダラス・ピッツバーク・デンバーなどなどのIT企業を訪問したり、展示会を見て回ったりした。ボストンには2回行ったが、最初の時にとあるレストランでボイルされたタラバガニを食べた。アメリカのレストランのメインディッシュは2025ドル程度であるがこれは45ドルという高価な料理である。新鮮な巨大なタラバの足を大きなはさみでばりばり切りながら食べたが、美味しさといいボリュームといい超満足したのである。2年後ボストンのIT展示会に当社オリジナルのシステムを出展しているので、出張ついでに視察に行き、担当者を例のレストランで慰労した。もちろん大好評であったが、これだけのものを5千円くらいで食べられるアメリカの凄さに感服したのであった。

3.カキ

カキは庶民的で季節になると町の食堂・居酒屋・お好み焼屋などでお目にかかる。カキフライ・酢ガキ・カキそば・カキ入りお好み焼・カキのバターやきなどなど、ごく普通のメニューとして登場する。家庭でもカキフライは定番だろう。フグ・カニと違って少し安めで手に入りやすいが、カキだけは冬場しか食べられない。夏場中心の岩ガキは別であるが。友人の医者に聞いた話だが、夏に多い食中毒を避けようと思えば生カキと生ウニを食べなければ大丈夫だという。さほどに保存が困難な食材と推察している。岩ガキ以外はほとんどが養殖で広島が最も有名であるが、同じ瀬戸内海で坂越・日生など、志摩湾の的矢、若狭や丹後など日本海地方でも生産されている。昨年訪れた舞鶴ではカキを地元名産品としてPRしていこうということで、まず「舞鶴のカキ丼」を売り出そうと、飲食店に舞鶴のカキとかまぼこを用いた「カキ丼」を創作させ販売するよう推進している。時期が少し早くて舞鶴のカキはまだ出荷されていなく、「カキ丼」を食べるチャンスはなかったが、何故か広島産のカキフライを食べた次第であった。

カキの思い出は、昭和53年関西生産性本部の研修団に加わって初めてアメリカに行った時、ニューヨーク在の友人に連れて行かれたイタリア料理店で、ビングクロスビーが愛用する有名店だそうで、食べた生ガキが生ハムとともに美味かったこと、その味が今だに忘れられないのである。もう一つ昭和60年頃、安芸の宮島で食べた焼きガキも忘れられない。本州側にサントリーのビールを瓶詰する宮島工場があって、その労務管理なかでも意欲向上策や省力化は一世を風靡していて、50年代前半は全国からいろんな企業が見学に押し寄せた。100人くらいの従業員を30人くらいまでに減少させ、ユニークな表彰制度もあり、本にもなって紹介された。私が訪問した時にはさらに進んで従業員は僅か19名になっていたが、デスクのノンアドレスなどを視察したのである。サントリーの取り組みの凄さに感動を覚えたが、試飲させてもらったモルツの原酒の美味さも忘れられない。見学終了後折角だからと宮島に渡り厳島神社を参拝したあと、焼きガキに巡り合ったのである。新鮮で美味しく、たらふく食べた良き思い出である。なおこの工場は数年後廃止されていわば従業員ゼロになってしまった。究極の省力化である。

大阪にはカキの専門店はほとんどない。私の知る限りは、阪急池田駅そばにある「かき峰」、淀屋橋南詰東側の川の上にある「かき広」、扇町の世界各国のカキを集めている洋風の「オイスターバーカミーノアンジェロ」の3店である。どなたかご存知であれば教えて欲しいと思っている。「かき峰」について、広島から直送されるやや小粒なカキを使っている。10月中旬から3月末までの期間限定の営業で、それ以外は閉店しているのでもったいない話である。「酢がき・かきフライ・土手鍋・かきめし」の4点コースで、メニューはこのコースしかない。すべて満足できるが、かきめしはだしを掛けて食べるユニークなものである。ボリュームがあって最後のご飯が食べきれなければ折りに入れてもらって持ち帰ることが出来る。カキを堪能できるのはここしかない。価格は少しずつ上昇して5,040円となっているが、リーズナブルと言えるだろう。「かき広」も広島のやや大粒のカキを使用していて、6千円・6千5百円・7千円のコースがある。6千5百円のコースは「カキの酢味噌和え・カキフライ・土手鍋・かきめし」で構成されていて、土手鍋は白味噌に生姜を入れて濃い目の味にしてありお薦めできる一品である。なおこの店はうなぎ・フグ・夏はハモなどいろんなメニューがあり、昼は手軽なランチを提供している。奥の座敷はいわゆるカキ船になっていて、中之島の夜景を見ながら食事をし、船が通れば波でゆらりゆらりと揺れて乙なものである。

カキフライで美味しいと思っている店は、「グリルしき浪」、あの「三佳」のおかみが推奨する店で、堺筋を千日前通りから南へ三つ目を西に入った所、ハンバーグや海老フライも評判で、ランチ時には行列ができる洋食屋である。もう1軒、大阪駅前第4ビル地下2階にある「グリル欧風軒」、これも人気の店で、カキフライとハンバーグが美味しい「かきバーグセット」をお薦めする。

冬の3大味覚のフグ・カニ・カキについて思いつくままに書きました。大した蘊蓄はないにもかかわらず読んでいただき深く感謝します。

次回「食べる会」は、今回紹介したそれぞれの代表として、フグの「与太呂」・カニの「網元」・カキの「かき峰」のどれにするか迷いましたが、「かき峰」で開催したいと考えています。

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