デンマーク高齢者福祉
                                                  藤原 靖

 デンマーク通商代表事務所が「デンマークの高齢者福祉視察研修旅行2004」のツアーを計画した。デンマークは地域介護が進んでいる点で、世界的に注目されている国である。定年間近の我が身のためにも、実態を見ておくのも良いかな、と思い参加することにした。

 5月23日、11時間の飛行機内から解放されて、降り立ったコペンハーゲン空港は床が木製で足に優しい、さすが福祉国家の空港だと感心した。しかしその感心は束の間で、空港から1時間あまり、貸し切りバスで走って最初の宿泊地であるホルンベックのホテルに到着するなり、「なに!これ!」と思った。環境に配慮しての事と思われるが、観光バスを乗り入れた前庭は玉石を敷き詰めた道で、ボストンバッグを転がせないし、歩くだけでも大変である。又、ホテルにはエレベーターはなく、荷物を運ぶボーイもいない、自分で重い荷物を2階の部屋まで担ぎ上げなくてはならなかった。ホテルに高齢者や障害者が来ることはないのか、とにかく第1日目の宿泊から、大汗をかいた。

 24日8時30分ホテルをチェックアウトして、バスで30分程移動し、見晴らしの良い海辺に建設された老人ホームを見学した。その後、再びバスで30分程移動して、ヘルシンゴー市庁舎に到着した。庁舎の研修室で、1995年から始まった高齢者プランについて、住宅担当、在宅ケアー担当、高齢者保険担当、予防対策担当の4人から説明をうけた。その後地下室に案内された。そこには車椅子やエアーベッドから、スプーンのような物まで、大小様々な介護補助器具が棚に並べられていた。介護機器を必要とする人が、福祉担当者と共にここに出向いて来て、機具の高さや大きさなどの調整をして借り受けていく。これらの機器は自治体からの支給になるので、借用料は無料と言うことであった。ただ、自分は電動の車椅子を借りたいと言っても、症状によっては、手動の車椅子しか支給されない。この需要と供給の差は介護認定により調整されるのである。次に、市直営の老人ホームを見学。談話室の隅にデコレーションケーキの残りがサービストレーの上に残されていた。今日ここの住人で、お誕生日にあたる人があって、グループでお祝いした残りだという事であった。

 25日ビジネスコンサルタントをしている担当者と高齢者介護担当者から2時間程講義を受けた。最初のビジネスコンサルタント担当者の話で、これから2〜3年の間に国、県、市町村の業務分担が大きく変わり、地方自治体(市町村)事業が多くなる。そこで2006年を目途に統合をすすめて、全ての地方自治体を3万人以上の人口規模にするのだと言う。日本でもその様な動きがあるが、デンマークは人口530万、500以上の島からなる国である。すべての島に橋を架けて、離島はないといっても、単純に計算すると、3つか4つの島を統合して1市が誕生する事になる。それぞれの島で生活・文化・宗教などの違いもあるだろう、地域介護を展開するには無理があるのではないかと質問してみた。1970年代から公共事業、中でも高齢者介護の受給が問題になり、検討を重ねてきたなかには、私が質問したような意見もあったが、小さい自治体は財政的にやっていけなくなり、「統合やむなし」との結論に至った。ちなみに現在ある最少の自治体の人口は5千人未満であり、介護事業費が財政を大幅に圧迫しているので、統合を急いでいる、との回答であった。

 午後の見学先である「創造的に生きる高齢者の家」は、1992年に50才以上の高齢者が18人集まって結成した集合住宅である。これまでに見てきた施設と比較すると、1戸あたりの占有面積が少しゆったりしているのと、物置と自転車置き場になるプレハブ造りの納屋があり、その前にはガーデニングも楽しめる占有の庭もある。又、これまで見てきた施設と違い、この高齢者の家ではベッドも自分がそれまで使っていたものを持ち込んでいた。ここの決まりは唯一、週に1度、決めた日に、思い思いの食事(サンドイッチとかホットドッグ)持参で会食することである。又、ここでは入居する為に介護認定の必要がない。高齢者自らが結束して市と交渉して、住宅供給公社の協力をとりつけて出来あがった住宅なので、運営は住人の自治にゆだねられているのである。そうはいっても、12年も経過すると住人も高齢化して、現在68才〜85才の年齢構成になっり、自治どころか介護の必要な人もあると言う話であった。持ち込んだ自転車で出かけるのは買い物だけのようだ。

 5月26日、今回のツアーの主目的である「国際福祉機器専門見本市」見学の日である。見本市での展示品は、どちらかというと介護する側の負担軽減を目的にした製品が展示されていたように思う。つまり、介護者が腰痛症などをおこさないように、ベッドからの移動用のリフトだとか、階段を上れるように工夫された車椅子等で、抱き起こしたり、抱えたりはすべて電動式でおこなえるのである。これらの製品は、2000年に介護保険が始まった日本も売り込み先になっているようで、日本家屋に合わせた物も開発中であるとのことであったが、製品化には間に合わなかったようである。例えば私が見たところではベットからは起こせるが、畳の上の布団からは起こす手段はない。椅子からは立ち上がれるが、座布団から立ち上がらせる機械は見あたらなかった。そこで気が付いたのだが、これまで見学してきた施設ではベッドだけは、規定の物で、幅はシングルサイズでパイプ枠の、日本の病院で使用されているベッドと同じ物が使われていた。いくら自宅と同じ感覚で住まわせる、と言われても、狭い味気ないベッドでは、心安らかには過ごせないのではないか、私なら絶対にいやだと思った。

 5月27日、総括プログラムはデンマーク外務省の会議室で講義。講師は作業療法士として30年(25年間福祉局、後5年間フリーのコンサルタント)老人介護にかかわって来たという女史から、デンマークにおける高齢者介護の実態についての説明があった。講義内容を要約すると、デンマークにおいては20年ほど前から、高齢者介護を整備し始めた。@介護を家族の手から専門家の手にまかせる。Aケアーのありかたは本人が決める。日本のように家族が決めるのではない(日本を良く研究していると言う女史の言)。これを基本原則にして整備していった。そして医療も介護も無料でうけられる。その結果、EU諸国の中では国民の生活満足度は第1位である。ここまでの説明は、そお言う見方もあるのかな程度で、まずまず納得して聞いていたが、入院したり、施設に入所したりすると費用がかさむので、在宅をすすめている、と言うのに少しひっかかった。高齢者は入院すると寝たきりになるので、早期離床を促す、と言うなら理解できるが、高くつくから早く帰らせるとは弱者切り捨ての考えではないか。又施設より在宅看護、介護の方が安上がりとはどういうことか。この2点について質問してみたら、午後から在宅介護の現場視察をしてくれれば分かるとのことであった。その午後の訪問看護・介護の現場には、街の中心部からタクシーで三千円程の距離にある郊外にあった。そしてそれは個人が住み慣れた持ち家ではなく、学校の跡地に建てられた日本の長屋風集合住宅であった。介護度3(介護が必要)ないし4(全介助)と認定されれば、希望により、ベット以外で日常生活に必要な家具類を持ってこちらに引っ越して来れば、24時間のケアーが受けられます、ということである。しかも、そのケアーは二人一組の巡回型のケアーで、配食サービスは一日一回である。暖かい食事は何時提供されるのか、と尋ねたら、こちらの人は普段暖かい物を食べる習慣はない、ということであった。そういえば、こちらにきてホテルで出される夜食にもスープはなく、暖かいものといえば、コーヒーか紅茶であった。みそ汁でなくともよいが、なにか暖かいスープが欲しいと思い、昨日チボリ公園の中で中華料理店に入って、やっと「竹の子ともやしスープ」にありつけた。ビールやワインは飲めるが、1人ぼっちでオープンサンドやサンドイッチを食べると言う食事では、習慣とはいえ何とも味気ない気がする。又、何をもって24時間サービスかと言うと、住人は全員、首からペンダント風の非常ベルを掛けていて、それを押すと管理棟につながり、会話が出来ると言うことであった。それに、福祉は税金で賄われるので無料といっても、集合住宅の家賃は有料で、所得に応じて25%〜100%負担しなければならない。所得はどのように調査するのかと質問したら、国民総背番号制なので、市役所は全部把握しています、と言う返事であった。ツアーのグループの中でタンス預金はしてるだろう、等ささやかれていたが真偽のほどは分からない。

 話は変わるが、冒頭に道路整備が、障害者や高齢者にやさしくないと書いた。しかし、こちらではそれでよいと思っているのではなく、此処の集合住宅の敷地内は平らなアスファルト舗装であった。又、コペンハーゲンの街中では、いたるところ道路工事中であり、自転車道をつけたり、歩道を平らにしようとしている。1週間前に皇太子の結婚式が行われた宮殿の周りも、観光の目玉にしているチボリ公園周辺の道路も工事中で、黒と黄色のストライプの移動式車止めが、いたるところに置かれていた。しかし、平日の日中にもかかわらず、そこで工事をする人影は見えない。現地通訳の緑さんに尋ねてみると、「何時出来上がることか、万事この調子なんですよ」との事であった。日本でも工事は多いが、平日の日中に1人も働く人を見かけない工事現場などみたことが無い。しかも、皇太子の結婚式と言う大イベントのあった直後である。周辺部の主要道路ぐらいは仕上げるべきではなかったか。又、5月になって観光客が増える時期までには、せめて観光主要地周辺道路だけでも整備完了するべきではなかったか。バリアーフリーどころか、障壁だらけの街ではないか、そのように思うのは働き蜂、企業戦士などと揶揄される日本人的感覚なのか。所得税最低で50%、付加価値税25%、高福祉で老後の心配はない、ということになれば、汗して働く意欲は湧かないのであろう。又、緑さんの話によれば、労働時間を1週35時間以内に縛られているので、多くの人は金曜日から休むのだそうだ。縛られなくとも、いくら働いても税金に持ち去られるだけとなれば、休まなければ損といったところだろう。安心、安全の国でホームレスもいません、と言うことだが、私は活気のない陰鬱な国と感じた。確かに街中でお巡りさんを見かけなかった。浮浪者はいないのが当たり前で、ホームレスになると、北国の冬場には間違いなく凍死する。福祉施策はそれなりに充実させなければならないのだろうが、もう少し自由競争意識も持たさないと、この国は滅びるのではないかと思った。

 もう1つ気になったことは、福祉担当者の介護予防の意識がずれている事である。入院費の節約の為に、早く退院させるので、それ以後の介護に手間がかからないようにリハビリすることが介護予防だと思っている。つまり元気な間からの健康管理はメニューに入っていない。75才以上になると、年二回自治体が訪問する決まりだが、訪問者は看護師か社会福祉士だそうで、生活自立度と家庭環境や経済状態を見てくるようである。骨折すれば、車椅子を支給すればよいと思っているのか。日本のように高齢になっても、自立した生活が送れるように、若い頃から生活習慣病などの予防をすると言う考えがないのである。余談だが、今回のツアーの最後に話された講師女史は100kgは下らないだろう巨体の持ち主であった。昼食の時、隣の座席を確保して、食生活について尋ねてみた。すると、反対に日本の老人はみそ汁とご飯なので高齢者は皆痩せて栄養失調である。チーズやバターに豚肉をもっと沢山食べさせなくては力がでない、と堂々と主張された。そしてご自分は、バイキング形式の昼食会で、パンとチーズを大きいお皿で2杯もとってきて、全部平らげて自慢顔であった。ツアーの仲間から、彼女50才代だろう、もうすぐ足にくるよ、との私語が聞こえてきた。

 今回私が参加したツアーは福祉専門家の組んだスケジュールではない。参加者も様々な職種の集まりであった。それぞれどの様な思いを持って帰られたことやら。私には、物価は高い、サービスは少ない、インフラ整備は出来ていない、陰鬱な国と言う印象が強く残った。

                              平成16年7月

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