植物毒物語 第2回    ウメの毒 アミグダリン

 植物や動物の持っている毒を天然毒といいます。天然毒は強い毒性を持っていますが、一方手に入れにくく高価なので、大量に使用することには多大の困難を伴います。従って、BC兵器としては使用しにくいでしょうが、少人数に的を絞って使用するには適しています。たとえば、前回取り上げたリシンは暗殺用に改造された傘に仕込んで、1978年にイギリスで使われたようです(『身のまわりの毒』、社祖健著、東京化学同人)。1978年当時では、たんぱく質の精製方法は結構進んでいました。が、それにしても手間ひまのかかることです。

旧日本軍は、敗戦間近にはヒマのあぶら(castor oilといいます)を練習機の潤滑油として使っていたと、私の恩師から聞きました。焼けると嫌な匂いがし、整備兵が交換のために抜いた油で,かぼちゃや芋の天ぷらをしていたということです。


  今回は、ウメの毒について述べます。ウメの毒といっても、梅毒ではありません。 青ウメには毒があると昔からいわれています。ウメの毒で有名なのは、アミグダリンといわれる物質です。アミグダリンはウメばかりでなく、アンズやアーモンドにも存在しています。ロシアのある地方に長寿の村があります。そこの住民は、アンズ(だったかアーモンドだったか)をタネまで食べるのだそうです。彼等の食生活が長生きの素だと考えられ、アンズがその秘訣だともてはやされました。長生きすることは循環系の失調に陥らないかガンにならないことを意味していますから、アンズに存在する薬用成分としてのアミグダリンがガンに有効であると脚光を浴びたのでした。ガンは分化した(各場所でそれなりの役割を果たしている)細胞が、その分をわきまえず、まるで受精卵のようにバカスカ分裂をはじめることによって生じる異常組織です。アミグダリンがガン細胞をやっつけるにちがいないと思われたのでした。

アミグダリンはブドウ糖とベンズアルデヒドとシアン(青酸)の化合物です。植物の中にある状態、つまりアミグダリンそのものでは毒性がないのですが、それが分解されてベンズアルデヒドやシアンが出てくる(遊離する)と毒作用が働くと考えられています。ガン細胞にはアミグダリンを分解する作用があり、その結果シアンが生じてガン細胞が自滅すると思われたのでした。現在では、この説は信頼されてはいません。しかしだからといって、ヒトに対するウメの薬効がなくなったわけではありません。

ウメは元々薬用植物として中国から輸入されたもので、長く民間で使われ、今では家庭の中に日常的に入っています。長年の経験から、ウメが身体によいことを私達はよく知っています。たとえば、梅肉エキスは青梅を瀬戸の卸で摩り下ろし、その果汁を絞り天日に曝し水あめ状にしたものです。昔これに世話になった人も多いでしょう。よく効きます。梅肉エキスのスッパ味の成分は、クエン酸とリンゴ酸が主ですが、スッパ味だけが胃腸の調子を整えるのではなくウメのその他の成分と共に胃腸薬として有効なのでしょう。梅干を食べた場合、堅い殻(植物用語では、内果皮)を破り必ずそのタネを食べれば、果肉にある梅肉エキスの薬効成分ばかりでなく、種子中に残っているアミグダリンも食べていることになりますから、ウメのご利益は万点ということになります。

腸内の悪玉菌(そんなものいるのか否かは知りませんが)によってアミグダリンが分解されてシアンが生じて悪玉菌は自殺する、ということがあるのかもしれません。更に、生じたシアンは直腸から排泄される前にポリープをやっつける、その結果ヒトは健康になる、という上手い話も転がっているかもしれませんが、青酸化合物を取り過ぎれば分解産物であるシアンによって人そのものが死にいたることになります。
  梅干の私達が食べる部分を果肉といい、堅い殻の部分を内果皮といいます。内果皮に囲まれてタネがあります。タネには長らくアミグダリンが存在しています。梅干を食べた場合、堅い殻を割りタネまで食べれば、ウメの薬効成分を全てほどほどに取り入れることになりますから、身体にいいといえるでしょう。
  青酸(シアン化水素水溶液)という名は、それを飲んで死んだ人の顔色が青くなることから名づけられたということです。シアンという言葉は青を指す言葉に由来しています。シアンの毒性はヘム核に作用することによって生じます。ヘム核なんてややこしい名前はあまり聞いたことがないでしょうが、ヘモグロビンは聞き知っているでしょう。ヘモグロビンは、ヘム核をもつたんぱく質として夙に有名な物質です。ヘモはヘムと同じで、グロビンはたんぱく質を示す言葉の1つからの由来です。
  因みに。血液検査をしたことのある人は多いでしょう。その時、IgGとかIgEの値というのを医者から聞いたことはありませんか。Iは免疫を表す言葉の略字で、gがグロブリンGE は免疫グロブリンの種類です。ヘモグロビンは、元々は、ヘム核をもったたんぱく質(グロブリン)という意味です。
  さて、シアンはヘモグロビンにも作用するでしょうが、ヘモグロビンの作用を阻害して酸素を供給できなくなることによって、死にいたるとは考えにくいと思います。シアンの毒性には即効性があるからです。それよりも重要なのは呼吸機能の停止によるものでしょう。呼吸といっても、息をすることではなく、細胞呼吸といって細胞内で起こっている反応、チョット難しくいえばエネルギー生成を伴う酸化還元反応です。私達のように酸素を呼吸に使用する生物には、ヘム核をもったチ(シ)トクロームというたんぱく質が重要な役割を果たしています。チトクロームの機能がシアンによって阻害されれば、呼吸は止まります。神経細胞の呼吸が停止すれば、即死します。

 ウメの学名をプルヌス ムメ(学名をPrunus Mume Sieb. プルヌス ムメ シーボルト)といいます。Prunus はplumを意味する言葉に由来します。 Mumeの由来には三説あると、牧野富太郎の新日本植物図鑑にあります。1つは、烏梅(ウバイ)、1つは、梅の漢音のmui, meiの転訛、もう1つは朝鮮語のマイに由来すると書かれています。烏梅は梅の燻製の製品で薬として輸入されたものです。Sieb. はスパイだったとの評判もあるシーボルトのことです。シーボルトが日本に来て発見したのでしょう。当時、ウメと日本人が発音しているのをシーボルトがムメと聞いたのではないでしょうか? 私達も、メリケン粉、メリケン波止場といいます。淡谷のり子が「アメリカ波止場の灯が見える」と歌ったのでは、何の色気もありません。        

                                          佐藤八十八
                                                 sato88@m1.skz.or.jp 


inserted by FC2 system