第83回歩く会
(H24.2.22開催)

一番心配していたお天気も曇り乍も暖かく地下鉄事故のためリーダー不在の歩く会は体操をすることすら忘れ橿原神宮駅を出発。第一鳥居を潜り直ぐ左手の深田池に掛かる木の橋を渡り久米寺へ。ここでリーダーと合流。本尊は薬師如来像で聖徳太子の弟来目皇子が眼病を患いこの地で治癒祈願し全快したお礼に建立されたとか久米仙人像もあり多宝塔は重要文化財です。二上山、葛城山、金剛山を眺めながら農道を歩き新沢千塚古墳へ。半球状の古墳が
600基あるといわれ初めて見る枯葉を被ったポコポコした古墳群に私は不謹慎にも可愛さ愛おしさを感じました。昼食後少し離れた千塚資料館で出土した土器、瓦、金の指輪、耳飾、ガラスの皿、最近見つかった井戸鎮、昔懐かしい日用品、農耕具等見学。橿原神宮西口の駅を潜り神饌田を通り再度橿原神宮へ。16万本の木々が生い茂った広大な森に包まれ、私の祖祖父が創建に深く関わり、玉砂利が敷き詰められた桧皮葺の外拝殿の雄大豪壮なたたずまいに向かう私には特別な場所です。御祭神は初代天皇の神武天皇で1940年(私が生まれた年)紀元2600年に昭和天皇が奉祝式典に行幸された時は1000万人の参拝があったそうです。その時汽車から降りられた「畝傍御陵前」駅には当時の特別な駅舎が残っています。森の道を辿り神武天皇御陵は広い植え込みがあり掃き清められた参道の白木の大鳥居の前に立つと存在感がありました。ここで平成天皇の病気治癒のご記帳をされた方々もいらっしゃいました。30分ばかり森に沿って歩くと江戸時代の雰囲気漂う今井町に着き約1時間自由散策。待ち合わせの華甍は明治の建物。保存地区としての寺内町は「大和の金は今井に七分」といわれ商業の繁栄した環濠の町です。朱塗りの蘇武橋を渡れば八木西口駅 八木駅で乗り換えて上六へ。明日からベトナム出張の浪江さんと別れ「十兵衛」へ。下見の時八木さんが美味しいお酒と一品をサービスするように交渉されたお陰で楽しい夕食。これからの歩く会 次回の話等があり散会。外は雨でした。

案内役をしてみて分る山川リーダーのご苦労はこの十年大変な事だと思いました。感謝と共にまだまだ続けられるよう皆さんもご協力お願い致します。八木さんが御用がおありとかで急遽西川が報告文を代行しました。

リーダー・山川と書いて頂きましたが、単に連絡係をさせて頂いているだけで恐縮します。今回は八木君と西川さんが寒い日に下見をして頂き、歩くコースもいろいろ考えて頂いたようです。夕食会場まで味見に行って頂いたそうで、大変ご苦労をお掛けしました。八木君が忙しいとのことで西川さんが報告文を書いてくれましたが、西川さんの曾祖父が初代宮司だった橿原神宮の事も解説して頂いて良かったです。なお写真を沢山載せました。解説を加えた方が良いものもありますが・・・(山川正彦)

 

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